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東京高六会「春の小江戸(川越)散策」ガイド

 2006年5月14日


幹事携帯電話番号
川口 090‐1203‐8641
藤崎 090‐7723‐6581
岡村 090‐6630‐3818
白石 090‐1263‐8453

やっと春爛漫――小江戸(川越)散策の日が近づきましたので、当日の行動予定を簡単に紹介いたします。参加未確定の方は5月10日までに確答をお願いいたします。
(なお、追加説明資料と参加予定者の名簿は当日配布する予定です)

実施日時
5月24日(水曜日)
 
集合場所:
JR・東武東上線川越駅の東武線側改札口前
 
集合時間:
午前11時

  集合時にあらかじめ男性4,000円、女性3,500円を徴集いたします(昼食代を含む)。
  当日のバス通し切符や拝観・入館料の購入はすべて幹事が行います。

11時30発の「小江戸名所めぐり」東武バスで出発、約8分で喜多院
ここから少しあるいて【中院】から仙波東照宮】、【喜多院】をめぐります。

【中院】 かつては関東584寺の本山として天台宗教学の指導的地位にあった中院の境内は、静寂かつ典雅な趣に満ちています。が、話題は何と言っても墓域の一角にひっそり立つ島崎藤村の義母・加藤みきさんの墓碑銘です。戒名の「連月不染」も藤村が付け、墓石の文字もすべて藤村によるものです。

【喜多院】 北院が喜多院と改名したのは江戸時代の初期で、徳川家康に重用された天海僧正が住職になって隆盛を極めてからのことです。その後、寛永15年(1638年)の大火で山門と経蔵を残して焼失すると、天海僧正を師と仰ぐ三代将軍家光のはからいで、江戸城紅葉山から建物が移築され、それが現在国の重要文化財に指定されている庫裏・書院・客殿です。中には「家光生誕の間」と「春日局の化粧の間」などが設えられ、外の「500羅漢」とともに観光客の人気を呼んでいます。

【仙波東照宮】 日光東照宮・久能山東照宮とともに日本三大東照宮の一つに数えられています。天海僧正が駿府の久能山に葬られた徳川家康の遺骸を日光に祀ることを建議し、日光に移す途中、ここで4日間にわたって法要を行ったことが建設の由来です。 ◎喜多院前から12時48分に再び「小江戸名所めぐり」東武バスに乗り、約10分で博物館前で降り、初雁公園内の

【三芳野神社内童謡発祥の地】川越城本丸御殿】を訪ねます。 三芳野神社の境内脇の大きな楕円形の石碑には「童謡発祥の地」と大書され、懐かしい歌詞――「通るりゃんせ  通るりゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ……」と刻まれています。あのわらべ唄が、こんなところで生まれたのですね。

【川越城本丸御殿】 長禄元年(1457年)に建築された川越城は、上杉氏と後北条氏の北武蔵の覇権をめぐる攻防の拠点でしたが、徳川時代には藩主の6人が老中という北への守りの要になりました。その唯一の遺構が川越城の本丸御殿です。残っているのは大唐破風の庇の付いた威風堂々たる玄関と大広間だけですが、これは一見に値します。 

さて、お腹もすいたところで、川越の奥座敷と呼ばれる西大手門近くの【幸すし】へ。
ここは明治21年に江戸のにぎり寿司を伝えたといわれる老舗で、庭付きの広間で足を伸ばして楽しい会食のひとときを過ごし、午後はいよいよ中心街の散策です。

菓子屋横町 懐かしい匂いが漂う横町に、今なお生き続ける昔ながらの菓子造りの店々が郷愁を誘います。
【蔵造り】 国の重要文化財に指定されている大沢家住宅は、寛政4年(1792年)に建てられ、明治26年の大火でも焼け残ったことから、現在の蔵作りの手本となった建物です。防火・耐震の秘密は、名調子の講釈で明かされるでしょう。【時の鐘】 最後は、小江戸のシンボルとなっている

「時の鐘」です。 もう午後4時ころでしょうか。このあたりで解散、あとは思い思いに店を覗くもよし、
二次会(川越駅東口の庄やを予定)で飲み直して別れを惜しむもよし……。

   幹事団一同
(岡村健一・川口博之・白石冨士雄・藤崎泰子・前田マリ子・松山新)

お問い合わせは川口
電話とFAX (5049‐234‐0877)
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